日本が世界で埋没しないために
「人各々能、不能あり、我れ孔明たる能はず、孔明我れたる能はず」伊藤仁斎
伊藤 仁斎(寛永4年7月20日(1627年8月30日) - 宝永2年3月12日(1705年4月5日))は、江戸時代の前期に活躍した儒学者・思想家。
深刻な雇用情勢の悪化を追い風に、今農業に熱い視線が集まっている。農林水産省が予算約12億円を投じて、平成20年度から始めた「田舎で働き隊!」事業の説明会に、大学生やリタイアした団塊世代の人々が殺到しているという。
田舎で働き隊!事業について農林水産省は、「農村の活性化には、それを担う人材が必要となるが、高等教育機関や安定した就業の場が少ないことなどから、農村では青年層を中心に都市部への人口流出などが進み、活性化の担い手となる人材が不足している。
一方、都市住民の間では農村への関心が高まっており、また、都市住民が農村と協働して農村活性化に向けた取組に携わり、外部の者ならではの「気付き」をきっかけとして、農村の活性化が進展している事例も見られる。
このように、都市と農村の協働は、農村の活性化を図る上で有効な手段の一つであると考えられるが、その推進のためには、農村と都市部等の人材をつなぐ有効かつ汎用性の高い仕組みの存在が必要である。
このため、「田舎で働き隊!」事業(農村活性化人材育成派遣支援モデル事業)において、都市部等の人材を農村の活性化のために活用するための人材の仲介業務を支援することとする。」と当該事業の必要性について説明している。
僕自身も、昨年7月6日に開催された「新農業人フェア」という帰農・就農の説明会に行ったことがある。そのときは正直言って冷やかし半分だったが、大学生くらいの人や、若い女性、退職後のサラリーマンらしき人、家族連れで来ている人もいて、すごい活気に満ちていた。
会場内には、日本全国から最先端の農業技術を持った農業共同組合や、農業法人などが集まり、各々のブースには説明を聞きに来た人による順番待ちの列ができていた。僕自身も幾つかのブースに赴いて説明を受けたが、殆どの農業プログラムは1年が1タームになっており、誰でもが参加できるほど気軽なものではないと感じた。
もちろん相手は動物であり、作物であるから遊びでやれる程生易しいものではない事くらい理解しているつもりだったが、本当に農業をやりたいという熱い想いがなければ、1年という期間は現在職業を持っている人間にとっては、ちょっとリスキーな賭けになる。もう少し気軽に農業を体験できる術はないものかとも思ったが、農業というものはどれもその位の時間を掛けないと、本当に体験したことにはならないという事が、各ブースの方々の説明から理解できた。
つまり、農業に多少の興味があっても、そこに飛び込むまでの障壁が高いのである。また農業・林業・水産業・伝統工業、そのどれもが後継者不足に悩んでいる。だが、後継者を育てるノウハウがなかったり、単純に賃金を払う余裕がなかったり、あるいは産業として衰退していっており折角育てても与えるべきパイがなかったりと、それら産業が抱える構造的な問題もある。
世界的な不況のさなか、日本を救う道があるとすれば、それは恐らく“日本らしさ”を極めることである。日本人には、世界でも類を見ない手先の器用さや勤勉さがある。また、治安の良さというのも諸外国に比べれば、まだ売りにはなる。それら日本人の強みを今こそ最大限に活かし、それを世界に向け発信することである。江戸時代末期~明治時代初期の文明開化の頃、日本は欧米列強に畏怖し、また憧れ、西洋の文化や慣習をこぞって採り入れた。そうやって、約240年の鎖国によって遅れた文明を取り戻そうとしたのである。
だが実際には、ドイツの医師・博物学者であるシーボルトがそうであったように、かつて西洋人が憧れた日本の美しさは文明開化と引き換えに失われてしまったと感じていたのである。その日本は今やすっかり、アメリカのコピー国となってしまった。しかし、日本が取り戻そうとした文明が実は虚像だったということが、今回の世界同時不況で明らかになったのだ。今からでも遅くはない、日本は自分の足で歩き出すべき時を迎えている。
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