絶対に負けられない戦いとは
「私はバッジョをピッチに送り出す時、一つだけ指示をする。『90分間で一度だけでいいから君らしいプレイをしてくれ』とね」 カルロ・マッツォーネ
カルロ・マッツォーネ(1937年3月19日 - )は、イタリア・ローマ出身のサッカー監督。
2月11日(水)サッカー南アフリカワールドカップアジア最終予選第4戦、日本×オーストラリアの試合が行われ、0-0のスコアレスドローに終わった。結果オーストラリアが勝ち点10となりグループ1の1位をキープ、日本も勝ち点8で2位をキープした。この試合、日本代表としてはホームゲームでもあり、どうしても勝って勝ち点3を稼ぎ、オーストラリアと同率首位にしておきたかったのである。というのも後に控えるバーレーン戦、アウェーゲームのオーストラリア戦を余裕を持って戦いたかったからである。
最終予選では、10チームがグループ1とグループ2の2つに分かれ、各組上位2チームまでがワールドカップ本大会に進出。3位同士はプレーオフを行い、さらにオセアニア地区1位との大陸間プレーオフを戦い、勝ったチームがワールドカップに出場する機会を得る。つまり、ぎりぎりの位置をキープするのではなく、1位をキープしておかなければ、万一3位にでもなった場合には、余計に2試合を戦い、それに勝利する必要に駆られてしまうのだ。
それにしても、私たち日本人は贅沢になったものだ、一昔前つまり「ドーハの悲劇」で有名な1994年アメリカワールドカップの時代なら、ワールドカップに限りなく近づけたというだけで、拍手喝采ものだった。それで当時代表の主要選手だったラモス瑠偉や三浦知良は英雄になれたのだ。その後「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれた1998年フランスワールドカップ、2002年日韓共催のワールドカップ、2006年ドイツワールドカップを経て、私たちの中で日本はワールドカップに行って当たり前、という感覚がすっかり定着してしまった。
人間の欲求が、段々エスカレートしていくことは「マズローの欲求五段階説」でも説明されつくしていることであるが、それにしても最近のマスコミ等の報道には辟易とするものがある。1試合負けただけで、すぐに「岡田監督解任」やら、「次期監督はヒディンクかベンゲル」など、人やチームを長い目で見ようともしない。もちろん競技である以上は勝つことも大事な事である。勝つことを第一義としないのでは、日本国としてその競技に金を出すこともできない。
しかし、日本代表がワールドカップに行けなかったところで、世界が滅ぶわけでもあるまい。「絶対に負けられない戦いが、そこにはある。」と実況の川平慈英が叫んだところで、世の中に絶対に負けられない戦いなど、そうそうあるものではない。それは、勝たなければ命を落としたり、守るべき大事な何かを失い、二度と取り戻す事ができない。そんな、緊迫したシーンにのみ使われて良い言葉だ。
ワールドカップ予選などは選手にしても、敗戦のあとに「気持ちを切り替えて、次の試合頑張ります。」という、所詮その程度のものなのだ。サポーターやマスコミももっと広い心で、チームや監督の事を応援して欲しいものだ。90分間で一度のファンタジックなプレーで観客を魅了する、ロベルト・バッジョのような選手の不在も残念な事ではあるのだが・・・。
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コメント
KAZさん
こんにちは。
ピッチへ送り出す監督としましては
マッツォーネ監督のように粋な一言を
かけてあげて選手のモチベーションを
あげたいですね。
僕も絶対にミスできないプレゼンが
そこにはあるって言われたら充分に
力が発揮できないと思いますし・・
投稿: すやまけんた | 2009年2月15日 (日) 13時16分
すやまけんたさん、こんばんは。
トップに立つ人間には、辛抱が大事だということが端的に表されている名言ですよね。
本当は、90分間ずっと良いプレーを期待しているに決まっているのに、こんな粋な言葉を掛けられるのは、やはり選手の心理が解っているからでしょう。
結果が全てであるプロスポーツの世界にあって、なかなか言える事ではないと思います。さすが名将。
投稿: KAZ | 2009年2月15日 (日) 19時42分